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下道基行
ある旅先で、道端の用水路に置かれた”板”が、道と生活とを繋ぐ小さな”橋”である事に気がついた。そう言えば、そこらじゅう”橋”だらけだ。
これらを”橋”と呼べるのか?建造物?道具?インフラ?…
ただ、隔たりを越えるために架けられたモノたちで、たぶん生活/風景の必要最小単位の名も無い物体であり行為のひとつではないかと思う。([bridge]は動詞で“架ける“を意味する。)
風景はとても速いスピードで変化し続けている。身の回りにモノは溢れてる。建造物は巨大化する。情報や物流はスピードを加速させる。それらを拒否する事はほぼできない。使い込まれた道具を愛おしく見つめるように、この世界を眺めることはできるのだろうか?
写真家はあまりモノを産み出さない。この世界を正面から受け止め、愛おしく切なく時に痛い視点/まなざしを産み出すのではないか。
「これは○○である」とパッケージ化/カテゴリー化/モニュメント化されていない、物体や関係性を視覚化するための小さなスイッチをそっとオンにする。見えない風景だから。
今回、展覧会期中に、いろいろな用事で移動/旅しようと思っている。それらの土地の先々から、ここのギャラリー宛に、”今どこかに存在している風景”を送り続けたいと思ている。これも些細な[bridge]的行為のひとつなのかも。どうだろう…。
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●風に吹かれて
高橋瑞木(水戸芸術館現代美術センター学芸員)
本来なら、今回は第6回目のRe-Fortを元にした展覧会が開催されるはずだった。Re-Fortとは、下道が2004年より断続的に開催している、美術家や建築家など複数の参加者とともに、砲台跡や掩体壕といった戦争遺跡を再利用してイベントを行うアートプロジェクトのことだ。重い歴史を背負いながらも日常の風景に埋もれてしまっている戦争遺跡でイベントを発生させることで、戦争の記憶に対する私たちのリアリティを浮き上がらせ、問いを投げかける。そんなプロジェクトであり、作品だった。
冒頭に「はずだった」と書いたのは他でもない、3月11日に おこった地震と津波、そして原発事故によって、Re-Fort6の実現が頓挫してしまったからである。下道は今年の3月にαMで過去5回のRe-Fortの記録を紹介しながら6回目の参加者を募り、今回の展示に向けて6月にこのプロジェクトを実施する予定だった。プロジェクト中止には時間や物理的な理由が当然関係しているが、下道の心境の変化がやはり一番の要因だ。見知らぬ土地で大勢を集めて行うアートプロジェクトは、今彼がやることではなかった。
おそらく、今回の震災や原発事故を境に無数の「はずだったこと」が生まれた。では、喪失の誕生からひとは何を創造することができるのだろうか?
本展の会期中、下道は地震の後に購入した小さなバイクで日本国内を旅し、そこで出会った風景をギャラリーに置いてあるプリンターに随時送信する。プリンターから出力される風景は、下道からの投瓶通信であり、3月11日以前と以後、自分と世界の間を少しずつ繋げていこうとするアクションだ。まず、自分ひとりでできることからはじめる。速度を落としながら、移動する。そして、ていねいに自分の周囲を見回してみる。風はどちらの方角から吹いてくるだろうか?明日は雨だろうか?そんなささやかすぎる問いすら、少し意味が違って聞こえる日々の中で。